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2026.08.03

金型の焼入れと窒化処理の違い|目的別の使い分けを解説

金型技術

「窒化処理をしていたのに摩耗が想定より早かった」——こうしたご相談の背景には、焼入れと窒化処理を同じ”硬くする処理”とひとくくりに捉えてしまう誤解がよくあります。実際には、この2つは硬くなる範囲も処理温度も、向いている場面もまったく異なります。本記事では、射出成形金型における焼入れ(熱処理)と窒化処理の仕組みと違いを比較表で整理し、どちらを選ぶべきかの判断軸を金型メーカーの現場目線で解説します。

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熱処理でオレンジ色に赤熱した金属表面のクローズアップ

焼入れ・焼戻しとは|型全体を硬くする熱処理

焼入れは、鋼材を800℃以上の高温(オーステナイト化温度)まで加熱してから急冷することで、鋼の組織を硬い状態に変える熱処理です。焼入れ直後の鋼は硬い反面もろいため、再加熱して粘り強さを調整する焼戻しとセットで行います。射出成形金型では、SKD61などの焼入れ鋼を使う場合に、切削・旋削加工の後でこの処理を施します。

焼入れ・焼戻しの最大の特徴は、型全体(全断面)が硬くなることです。表面だけでなく内部まで50〜62 HRCの硬さが得られるため、型の剛性と耐摩耗性の土台になります。一方で高温処理のため歪みや寸法変化を避けられず、処理後に仕上げ加工や磨きで精度を回復させる工程設計が前提となります。

なお、NAK55・NAK80などのプリハードン鋼(あらかじめ調質された状態で供給される鋼材・30〜45 HRC)を選べば、金型メーカー側での焼入れは不要です。鋼材の分類と選び方は金型用鋼材の選び方で解説しています。

窒化処理とは|表面だけを硬くする拡散処理

窒化処理は、500〜560℃の温度域で鋼の表面から窒素を拡散浸透させ、表面のごく浅い層(0.05〜0.3 mm)に900〜1100 HVの硬化層を作る処理です。焼入れとの決定的な違いは処理温度で、鋼の変態点(組織が変わる温度)より低い温度で処理するため、寸法変化・歪みが極めて小さいという利点があります。仕上げ加工や磨きが済んだ後の精密な金型にも適用できるのはこのためです。

窒化処理には主に次の3つの方法があります。

方法 特徴
ガス窒化 アンモニアガス中で処理。硬化層が深く金型で広く使われる
塩浴窒化(軟窒化) 塩浴中で短時間処理。浅めの硬化層を効率よく形成
プラズマ窒化 真空中の放電で処理。部分処理や仕上がり面の管理がしやすい

射出成形金型では、ガラス繊維強化樹脂(GF入りのPA・PPなど)を成形する型のゲート周辺や、コア(可動)側の先端など、摩耗が集中する部位の対策として特に有効です。

焼入れと窒化処理の違い|比較表

2つの処理の違いを整理します。硬さの単位が異なる点に注意してください(HRCは型全体の硬さ、HVは表面の微小な硬さを測る指標として使われます)。

項目 焼入れ・焼戻し 窒化処理
処理温度 800℃以上+焼戻し 500〜560℃
硬くなる範囲 型全体(全断面) 表面 0.05〜0.3 mm
硬さの目安 50〜62 HRC 表面 900〜1100 HV
寸法変化・歪み 大きい(後加工前提) 極めて小さい
処理のタイミング 荒加工の後・仕上げの前 仕上げ加工の後でも可
主な狙い 型全体の強度・耐摩耗の土台 表面の耐摩耗・耐焼付きの上乗せ

このように、焼入れは「土台を作る処理」、窒化は「表面に機能を上乗せする処理」であり、対立する選択肢ではなく役割の異なる処理です。実際、焼入れ鋼にさらに窒化を施すケースもあります。

使い分けの考え方|3つの典型パターン

金型部品の表面を検査する技術者の手元

パターン1|摩耗の激しい樹脂×大量生産 → 焼入れ鋼

ガラス繊維入り樹脂を大量生産する金型では、表面の硬化層だけでは摩耗の進行に追いつかないことがあります。型全体の硬さが必要な場合は、SKD11・SKD61系やHPM31などの焼入れ鋼を選定し、焼入れ・焼戻しで50 HRC以上の硬さを確保します。コストは上がりますが、生産数量が多いほど費用対効果で有利になります。

パターン2|精密な金型で歪みを避けたい → 窒化処理

仕上げ済みの精密な金型や、寸法公差の厳しい嵌合部を持つ金型では、焼入れによる歪みが致命的な問題になります。寸法変化がほとんどない窒化処理であれば、精度を保ったまま表面硬度を上げられます。

パターン3|プリハードン鋼+窒化の組み合わせ → コストと耐久性の両立

実際の金型設計で多いのがこのパターンです。被削性がよく納期面でも有利なNAK材などのプリハードン鋼をベースに、摩耗が想定される場合は窒化処理を加えて表面硬度を上げます。焼入れ鋼に変更するよりコストを抑えながら、耐摩耗性を確保できます。当社でも、樹脂の摩耗性と生産数量に応じてこの組み合わせを提案するケースが多くあります。

どのパターンが合うかは、樹脂・製品形状・生産数量・要求精度で変わります。100万ショット以上の生産に対応する高耐久な金型を前提とするか、試作・小ロットで割り切るかによっても判断が変わるため、内容にもよりますが、仕様検討の早い段階でのご相談をおすすめします。

■ ご相談ください
「焼入れ鋼にすべきか、プリハードン鋼+窒化で足りるのか」といった選定のご相談を承っています。樹脂と生産数量をお聞かせいただければ、金型設計の観点からご提案します。
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よくあるご質問

Q1. 焼入れと窒化処理は併用できますか?

できます。焼入れ・焼戻しで型全体の硬さを確保したうえで、摩耗の激しい部位に窒化処理を加える設計は実際に行われています。処理の順序や温度の組み合わせに制約があるため、工程全体を踏まえた計画が必要です。

Q2. 窒化処理をすれば寸法はまったく変わりませんか?

ごくわずかな変化はあります。窒化の際に表面に生成される化合物層の影響で、数μmオーダーの寸法増加や面粗さの変化が生じることがあります。精密な嵌合部では、この分を見込んだ加工や処理後の確認が行われます。

Q3. どの段階で相談すればよいですか?

金型設計の前、製品の樹脂と生産数量が見え始めた段階が理想です。熱処理・窒化処理の選定は鋼材選定と一体で決まるため、後から変更するより最初から織り込む方が品質・コストの両面で有利です。

まとめ|「土台の焼入れ」と「上乗せの窒化」

焼入れ・焼戻しは型全体の強度を作る土台の熱処理、窒化処理は寸法を変えずに表面へ耐摩耗性を上乗せする処理です。摩耗の激しい樹脂×大量生産なら焼入れ鋼、精密型の歪み回避なら窒化、コストと耐久性の両立ならプリハードン鋼+窒化——この3パターンを押さえておくと選定の見通しがよくなります。

当社は食品・自動車・医療機器・化粧品など幅広い分野のプラスチック射出成形金型を設計・製作しており、鋼材・熱処理・表面処理を一体で考えた金型仕様の提案を行っています。金型製作の詳細は金型製作のページを、これまでの製作例は製作実績をご覧ください。

■ お問い合わせ
金型の熱処理・窒化処理の選定を含む金型設計のことなら、株式会社三幸にお任せください。
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この記事の監修者

営業技術部 部長 岡鼻

株式会社三幸にて金型設計に18年従事。射出成形技能士2級。化粧品・医薬品・食品分野のキャップ・容器を中心に、鋼材選定・熱処理仕様を含む量産金型の設計・製作に長年取り組んできた。

参考文献

  1. 株式会社プロテリアル「表面処理の基礎知識|金型向けに効果的な種類と特長」
  2. 川重テクノロジー株式会社「技術レポート:表面硬化熱処理を使いこなす」
  3. 株式会社三幸「製作実績

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※ 記載の温度・硬度・処理深さは代表値です。鋼種・処理業者・処理条件により異なります。実際の選定は材料特性と使用条件を踏まえ、処理内容と合わせてご相談ください。